絶望したいという女 ピンチ・サック&ウィップ

私が望むのは「執行」であり「調教」ではないのですけれど、SM的性行為は私が行きたいところへ行くための手段であり、そこは「ある種の絶望」が導く場所でありそこへ行くことでしか得られない感覚と、そこでしか会えないモノがあるのですね。それを得るための執行者はやはり必要です。選択肢があるうちは絶望とは言えないですものね。追い込まれた状況でも、どこかで「抵抗・逃避」ができないかあがいてみて、それでもダメなときに、それは恐怖になり、その恐怖心が陶酔を呼んで、もうどうにもならないとゆう絶望にたどり着く…。

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